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2012年1月8日日曜日

ココ壱番屋の経営の秘密

ココ壱番屋の創業者がお書きになった
日本一の変人経営者 よりどうぞ。




名古屋でコーヒーを頼むと、
ピーナッツやあられの小皿が
付いている。モーニングサービスに
トーストやゆで卵どころか、
きしめんや茶碗蒸し、ご飯・味噌汁
までついてくることがある。


「バッカス」では開店以来、モーニング
サービスを一切行わず、ピーナッツ一皿に
30円の値段をつけて販売した。


おまけを付けたり、安売りをすれば、
お客様は最初得したという気持ちに
なるだろう。


でも、次からはそれが当たり前に
なってやがて効果はなくなる。


さらにそれを上回る過剰サービスの
店が出来ると、途端にそちらに移って
しまう。店としての魅力ではなく、
たんに安いから利用する店だからだ。


喫茶店側に言わせると、
「サービスはお客様のため」
らしいが、実態はなんとかお客様に
来て頂きたくてお互い競争に
走っているだけなのである。


それより、お客様を明るく
「いらっしゃいませ」の挨拶と
笑顔で迎え、真心からの
サービスを提供するほうが、いつまでも
喜んでもらえるはずだ。


もっとも、そうしないではいられないから
したのだが。事実、「気持ちいいあいさつが
好き」「店の雰囲気がいいから」という理由で
常連になっていただいたお客様が大勢
いらっしゃることも知っている。


居心地のいい健全な空間を提供して
お客様に満足してもらうことこそ、
経営の大根幹であり、決して妥協できない
ことと感じていたのである。

p44



商売というものは、最初は三流立地で
あろうが、素人レベルであろうが、
とにかくまずスタートして、散々
苦労してみたほうがいいと考える
ようになった。むしろ当初の売り上げは
低くても、そこから着実に増やして
いくことのほうが結果的に成功することを、
わずか3店舗目で確信したのだ。

p89


5年、10年、それ以上と中長期で
見た場合、好立地で、開店早々から
さほど労せずして軌道に乗るような
店舗経営は宛てにならないということだ。


それよりも、当初1年から3年は徹底して
売り上げを伸ばす努力や苦労をしたほうが、
結果的には成功する。


短期間で撤退する前提なら話は別だが、
経営は長く継続して栄えることこそ
重要であり、経営は”継栄”なのだ。

p125


「大きな目標は持たず。
一年必死でやれば届く目標を立て、
それを繰り返す」がモットーだった。

p123


お客様から受けた注文をスタッフが
大きな声で復唱することにしている。
第一の目的はオーダーミスを防ぐ
ことにあるが、離れた場所にいる
調理スタッフにも注文内容を伝え、
いち早く調理にとりかかれるように
しているのだ。


その結果、お客様を待たせる時間が
わずかでも時間がわずかでも短縮できる。


こうした小さな努力の積み重ねは
「どこか他店と違う」
という評判の差につながっていく。

p147



自社の店にいかないで、
「ブームや時流の勉強になるから」
といって他社の店にばかり行こうと
する経営者も問題だ。


そんな暇があるのなら、
自社の現場に行けば何か
問題が見えてくるし、
それを一つ一つ潰して
いけば、必ず強い店にできる。


私は同業他社がやることに
気を取られたり、話題の店舗を
気にしたりすることは一切なかった。


他店でいくら値下げをしようが、
どんな商品が人気がだろうが、
どんな商売がブームだろうが、
意に介さなかった。


常にお客様のほうだけを向いた
経営をしてきたのだ。


p159


奥様は、
「お客様から『お水ください』と
言われたら私の負け」
は当時から彼女の口癖で、
背中にも目をつけて、店内全ての
お客様に目配り、気配り、心配り
を欠かさなかったんである。

p178




―――――――――――――――――――――――――――――

目の前のことを見ようとせず、
外のことにばかり気をとらわれていた
ように思えて反省です。




2011年11月6日日曜日

さだまさしさんと原田泰治さん

今日、新見市で行われている原田泰治さんの
展示会に行ってきました。


日本に当たり前のようにありながら、
その価値にあまり気づかれていない
美しい田舎の風景をたくさん絵にして
くれています。


別冊太陽「原田泰治」にあのさだまさしさんが
初めて原田さんに会った時のことをエッセイを
書いています。


さださんが原田さんを知ったのは、
暇つぶしに入った本屋さんで
たまたま買った「さだおばさん」という絵本でした。


腰が抜けるほど強い衝撃を受けて、
それ以来、ラジオなどで喋っていたら、
3年たって会うことが出来ました。


さだまさし
「実は3年前から泰ちゃんに会いに来ようと思って果たせなかった」

原田泰治
「おめさん、何事も無理しちゃいけなんねえずら。
 大丈夫。たとえば木の実なんか、熟したら自分で
 ぽとっと地面に落ちてくるみてえに、会わなきゃなんねえ
 人とはきっと会うように世の中できてるんだ。
 な、ほらこうして会えたじゃん」


―――――――――――――――――――――――――――――


会いたくて走りまわって努力しても上手くいかないこともあれば、
なんかのきっかけですっと会えるときもあるし、
会えたときが一番のタイミングなのかもしれないですね。。。。



2011年11月1日火曜日

「マイケル・ジャクソン」 西寺郷太

小島慶子キラ☆キラで知った西寺郷太さん。


毎回、色んなアーティストの素晴らしい点を
紹介してくれますが、マイケル・ジャクソンの回は
特別らしく、いつも以上に思いを込められているなぁ。。と
思います。


西寺郷太著「マイケル・ジャクソン」を読みました。


マイケル・ジャクソンのイメージは、
共通なものがありますよね。


・スーパースター
・猿 もしくは とんねるず
・平和
・ダンス

他には、

・時代遅れ
・少年への性的虐待
・整形手術
・寄行が多い


この本にも書いてありましたが、
「BAD」の頃が絶頂で、
その後は、マイケル・ジャクソンを
聞くことがまるで格好悪いような雰囲気が
確かにありました。


いつしか、
マイケル・ジャクソン=格好悪い
マイケル・ジャクソン=時代遅れ

というイメージがつい最近まで定着していました。

「This is it」

でそのイメージが大きく覆えりました。
あの妥協を許さない徹底したプロ意識は
怖いものがありました。


でも、なんでマイケルはネガティブなイメージが
ついたのでしょうか?

なぜ、見に覚えもない少年への虐待で
訴えられたのか?

肌が白いのは何故?

などなど、この本を読めばその謎が解けていきます。



頂点を極めたアーティストを引きずり下ろしたいという力

家族や友人が離れた孤独感につけいる人たち

なぜ、あんなに子供が好きなのか?


人生においてたっくさんの生きるヒントをもらいました。


長い間しみついたマイケルのイメージを氷解させてくれた
西寺郷太さんに感謝です。

一冊の本が、
マイケルの偉大さ、心の優しさ、音楽の才能、努力、、、、
を知ることになり、マイケルが大好きになったんだから。。。。

私生活を追いかけまして、
あることないことをでっち上げ記事を書いて
最高のアーティストを地獄へと引き落とすマスコミも
いれば、西寺さんのように真実をしっかりと伝えようと
する人もいるんだから、、、、









最後に、友人のライオネル・リッチーの言葉を

「ふざけていると思わないで聴いて欲しい。

 僕は最近、マイケルは本当に『天使』だったん
 じゃないか、、、ってそう思うんだよ。

 50年間だけ、この世界に存在して、
 『愛』の意味を一生懸命に伝えて、
 それで役割を果たして帰っていったんじゃないかなって」

2011年10月23日日曜日

言葉 「逆境は成功のもと」

「心配は明日の悲しみを少しも減らさない
 それどころか今日の喜びも奪う」


「誰に対してもアイディアを披露し、
 最高のもてなしをせよ。
 その中の一人は王様かもしれないのだから。」


「信念を持った人は、興味だけを持った人が
 百人集まってもできないことを成し遂げる」


「繁栄のときには、友が我を知る。
 逆境にあるときは、我が友を知る。」


「他人の望みがかなうよう十分手助けをすれば、
 自分も人生で望むものを手に入れることができる」



2011年10月22日土曜日

逆境を逆手に: 転校生の強み

最近は、「はやぶさ」と「宇宙兄弟」の影響で、
宇宙ものにはまっています。


昔見た、NHKスペシャルで宇宙飛行士の
選抜試験をやっていて、過酷なことやっているなぁと
思ったのを覚えています。

密室空間に1週間ほど詰め込まれて、
色んなプレッシャーを与えて、競わせて、
四六時中監視して、試験していました。

今回紹介する本より抜粋します。

―――――――――――――――――――――――――――――



宇宙飛行士の大西卓哉さんは、小学校の頃、
父親の仕事の関係で転勤が多く、4度も転校を
経験している。


大西はこの時期に、「冷静さ」を培った。
どんな環境であってもなじめるよう、
常に周囲を分析し、冷静に行動するという
習慣を身につけたのである。


宇宙飛行士選抜試験の序盤での大西は、
あまり目立っていない。
私たち(テレビクルー)も当初から大西
に注目していたわけではなかった。


頭脳明晰で爽やかな好青年だが、感情の
起伏がわかりづらく、テレビ的に惹かれる
人間臭さを感じなかったからだ。


能力の高いパイロットが多くいたこともあり、
その印象は薄かった。


だが、一方で、どの課題もそつなくこなし、
審査委員たちの評価は決して悪くなかった。
むしろ、ストレスの高い環境下でも、
安定した能力を発揮できる人物と見られていた。


(「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」より)
―――――――――――――――――――――――――――――


僕は転校したことがないから、転校生の
気持ちが分からないけど、憧れがありました。


転校したことがある友達に聞くと、
みなさん、「転校は嫌だった」と話してくれます。


母校がない、幼なじみがいない、同窓会がない、
共通の思いで話ができないなどなど、
かわいそうだなぁ。。。と思いましたが、
でも、その中でも強みってあるんだなぁ。。と
大西宇宙飛行士のエピソードを読んで
気付かされました。


転校生は悲哀はこちらへ:








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「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」より:


「パイロットをしているとき、条件が揃わなかった場合には、
 物事を中断する勇気を持つことも必要だという経験を
 味わってきました。

 一つのことをあきらめずにどんどんやっていくというのは
 一見、積極的で勇ましく思えますが、そうではない。

 やはり状況が整わないときには、これは”できない”ということも
 あり得る。

 だからこそ、取り組むべき問題自体を切り捨てる
 というのも、私は一種の勇気だと思っていました。」


「宇宙飛行士は、何もスーパーマンである必要はないと
 私は思う。


 例えば、しばしば宇宙飛行士は体が頑丈だとか
 言われるけれども、オリンピックで金メダルを取る
 わけではないから、何か一つのことにものすごく
 長けていなくてもいい。


 語学にしても、同時通訳をしている人たちの
 ほうが上だと思うし、健康にしても筋肉マンで
 すごい力がある必要はない。

 
 宇宙飛行士に求められているのは、数々の
 審査で、すべて合格点を取らなければならないと
 いうこと。

 
 すべての項目で60点を取るというのは意外と
 難しいんですよ、健康面も含めて。


 100点じゃないくてもいいんだけど、50点じゃだめ。
 勉強も運動も精神・心理も、すべてバランスよく
 合格点を取らなければならないんです。」
 (向井千秋さん)



「宇宙飛行士は待つのが仕事だ」
 と語ったNASA関係者もいた。

宇宙飛行の機会は、自分では
どうすることもできない。

いつか自分のもとに舞い込んで
くるのを辛抱強く待ち続けなければ
ならないのだ。

それまではひたすら、技量を上げる
ための訓練と健康管理の日々である。
p204



2011年10月19日水曜日

どうせ一度の人生だから楽観主義で行こう! 4

多くの人が人間性よりも表面的な人柄を
気にしていると指摘している。


まさにそのとおりだろう。
人柄を磨くほうが簡単に効果が現れるし、
そのためにやるべきことも少なく、
しかもほとんど犠牲を強いられない
からだろう。


人柄を磨くとは、新しい魅力的な
話し方を学ぶことや、もっと上手に話せるように
練習するようなことだ。


一方、人間性を磨くことはもっと奥が深いし、
かなり難しくもある。少なくとも一時的に我慢して
変えなければならないことが多い上に、するべき
こともかなりきつい。習慣を変えるのは難しいことなのだ。


美徳を身につけるのも時間がかかる。
欲望や感情を激しく抑えなければならないからだ。


約束を守ったり、人の感情や信念を傷つけないように
気を配ったりすることを自然に振る舞える人は
ほとんどいない。

意識してそうしなければならないのだ。
人間として成長するために一番必要なのは、
人間性を磨くことだ。
(p114)


人はみんな過去の恩恵を受けている。

私達がほしいままにしている自由は、
想像を超える犠牲のもとに勝ち取られた。

あらゆる特権も機会も、だれかが骨を折って
つくった。私たちは毎日、自分で掘ったのではない
井戸から水を飲んでいる。

自分で焚きつけたのではない火で暖まっている。

自分で勝ち取ったのではない自由を謳歌している。

自分で制定したのではない制度によって守られている。

自分ひとりだけの力で生きている人はいない。

過去はすべて後世の私たちに投資されたのだ。

気持ちも新たにこう言おう。

『私には、世界と共に嘆き、世界と共にチャンスを
 つかむ義務がある』
(p104)



スタート時点で一流である必要はないけれども、
一流になるためにはスタートしなければならない。
(p94)



私に子供が生まれたばかりのころ、母はよく
こう言ったものだ。
 
「子供というのは、お前の言葉を聞いていなくても、
 お前がすることはしっかりと見ているよ」
(p78)



行動の基準は愛であるべきで、
恐怖であるべきではないと言った人がいる。

論理としては正しいが、実践するとなると
そうはいかない。

正当な恐れというものが存在するからだ。

無知を恐れて人は教育を受け、
貧困を恐れて人は働く。

病気を恐れれば健康的で衛生的な
生活を送ろうとする。

失業を恐れれば遅刻しないで
会社に行き、自分が知っている最善の方法で
仕事をしようとする。

落第を恐れるから学生は時間を見つけては
教科書を開く。

家族を失うことを恐れるから誠実であろうとし、
家族のために懸命に働き、毎日家族に愛情を示す。

確かに健全な恐怖心は持つべきだ」
(p216)



知恵とは自分の周りにあるものを使って楽しみ、
それを友達と分かち合うことなのだ。
(p225)








2011年10月3日月曜日

どうせ一度の人生だから楽観主義で行こう! 4

貧しさと犯罪

 職が得られない貧しい人は、犯罪にはしりやすいとまでは
いかなくても、そうなっても仕方がないだけの事情がある---


 長いあいだ新聞やテレビでは、こう発信し続けてきた。
悲しいことに、この考え方が広まれば広まるほど、頻繁にそんな
事態が起こるらしく、特に人間性の基礎がしっかりしていない人に
多い。私の友人がよく言うように「自分の意見を言う資格はだれでも
あるが、誤ったことを言う資格はだれにもない」のだ。


 私は大恐慌のさなかに育った。だから、家事や庭仕事をするから、
何か食べ物をくれないかと裏口をノックする人には慣れっこだったが、
おもしろいことに、だれひとりとしてただで食べ物をくれとは言わなかった。


 その代わりに働きたいと申し出たのだ。ある統計によると、恐慌のさなかに
起きた犯罪の数は、恐慌前より少ないという。


 『ファイナンシャル・ポスト』の記事によると、同じことがカナダでも
起きたらしい。カナダでは1992年から1993年の間、犯罪発生率が全体で5%
減ったことが統計から分かったそうだ。1993年、カナダでは工場の閉鎖や
失業者の増加、事業の縮小が相次いだため、犯罪が増えても不思議では
なかったのに、反対に強盗や犯罪の件数が減ったというのである。

 
 貧しさが犯罪を引き起こすという考えは忘れて、正しい道が最善の道だと
いうことを根気よく教えれば犯罪はもっと減るはずだ。経済的な苦しさは
人間形成に役立つ経験なので、いわゆる「生活必需品」がなくてもなんとか
生活する術を学ぶことができる。だから経済的な苦しさから抜けだして、
将来成功するためにもっとしっかりと準備を進めよう。


p188


 

2011年10月1日土曜日

どうせ一度の人生だから楽観主義で行こう! 3

成功するための道はひとつしかない。
それは、すべてを差し出すことだ。
ヴィンス・ロンバルディ p66


お返しが期待できない人のために何かをしなければ、
完璧な一日は過ごすことはできない。
ジョン・ウッデン p68


人が望んでいるものを手に入れられるように
てつだってあげれば、自分が人生で望むもの
すべてを手に入れられる  p70


時代は変わる。
一昔前の社長ならば、ジーパンをはき
イヤリングを付け、ひげを生やすような
若者は追っ払っていただろう。
今ではそんな人が社長になっている。
p71

どうせ一度の人生だから楽観主義で行こう! 2

ジグ・ジグラーの本より第2弾!!

―――――――――――――――――――――――――――――


新聞の切り抜きに『カトリック・ダイジェスト』のメアリーの一文が
見つかった。それは何年も前に書かれた文章だが、今でもいろいろなことを
教えてくれる。メアリーがマンハッタンで暮らしていたときの話だ。

子供のころメアリーは、毎朝4ブロック先の学校まで母親と一緒に歩いて行き、
午後になるとまた母親に迎えに来てもらい、一緒に家へ帰っていた。

厳しい冬のある日、母親が肺炎にかかってしまったため、メアリーは
ひとりで行ってひとりで帰ってこなければならなかった。

二日目の帰り道、道を渡っているときに氷の上で転んだ。
その瞬間車がスリップして、メアリーまでわずか数センチというところで
ようやく止まった。

「どうにか家へ帰ったけど、ママには黙っていたの。心配をかけたくなかったから」

とメアリーは語っている。

翌朝、道はもっとすべりやすくなっていた。最初の交差点に差し掛かったとき、
メアリーは怖くなって長い間立ちすくんでいたという。しばらくしてから、
たまたま通りかかった年配の女性がメアリーにこう言った。

「私、目があまりよくないの。道を渡るときに手を握らせてもらっていいかしら」

メアリーは「ええ、どうぞ」と答えた。その女性はメアリーの手を取り、ふたりは
「あっと言う間に道路の反対側についていた」

メアリーはちょっと歩いてから、さっきの女性は大丈夫かしらと思い、振り返った。
驚いたことにその女性は今渡ったばかりの道をまた渡って、前よりも速い速度で歩いていた。

その時、その女性が目の悪いふりをして道路を渡るのを手伝ってくれたことに気付いた。

のちにメアリーは、だれかを助けることで自分自身の恐怖心に打ち勝つことができるのだと
分かったという。

時を超えた素晴らしいアドバイスがこもっている。


p64

どうせ一度の人生だから楽観主義で行こう!

ジグ・ジグラーの本に
素晴らしい言葉がたくさんあったので、
ご紹介!!


―――――――――――――――――――――――――――――

・人間に勝てるチェスの機械をつくることはできる。
 でも機械は勝ったことが分かるのだろうか?
 (ケン・キャンベル) P199


・知識があるのに実践しないのは、畑を耕して種をまかないようなものだ


・売った商品は戻ってこないが、お客はまだ戻ってくる。
 これが顧客満足だ
 (スタンレー・マーカス) p154


・車に乗る時はシートベルトを着用するように国が義務づけたとき、
 その反応は感情的だった。

 ぶつくさ文句を言い、愚痴をこぼし、

 「政府ときたら、今度は何をしろと言い出すつもりだ?」

 と不満を述べた。おかしなことに、飛行機のシートベルトについては
 誰も文句を言わない。車でシートベルトをすると事故によるけがや死亡は
 かなり減るが、飛行機が墜落したらシートベルトはほとんど役にも立たないのに。P22


・私企業は強欲なトラなので、撃たれても当然とみなす人がいる。

 乳を搾ることができる牛のように見る人もいる。

 ほんの一握りの人だけが、あるがままの姿で見ている。

 つまり、馬車を引く力強い馬だと。 (ウィンストン・チャーチル)p38



・考えを見つめよ、それはあなたの言葉になる。

 言葉を見つめよ、それはあなたの行動になる。

 行動を見つめよ、それはあなたの習慣になる。

 習慣を見つめよ、それはあなたの人間性になる。

 人間性を見つめよ、それはあなたの運命になる。

 (メトロポリタン・ミルウォーキーYMCAの標語)


 
・人柄には心の扉を開ける力がある。
 ただし、扉を開け放しておくのは人間性の問題だ。 p20


・落ち込んでいるときに犬が慰まになるのは、
  犬が理由を知りたがらないからだ。 p47

2011年9月29日木曜日

全国から人が集まる不思議な自動車教習所

何度かテレビなどにも取り上げられた
島根県にある益田ドライビングスクールの
会長の著書です。

岡山県民にとっても島根県は遠い場所と
いうイメージがあり、観光ならまだしも
車の免許をとるために全国から人が
集まるような場所とはちょっと想像も
できないです。

気になった言葉をご紹介:



「企業には、人を幸せにしつつ成長するものと、
 人を不幸せにしつつ膨張していくものとがあります。」
 (イエローハット 鍵山秀三郎氏)

儲かっている会社、話題になっている会社の
やり方を安易に真似して、どうもしっくりこなかったり、
その会社が斜陽になったりすることがあって、
何かおかしいなぁ。。。と思っていましたが、
この言葉を読んで、なるほどと合点が行きました。

成長と膨張を見極めたら分り易かったんですね。

安易にコストカットしたり、
下請け会社に無理強いしたり、
後味が悪かったりするのは、
そういうわけだったんだなぁ。。。

2011年9月25日日曜日

泣き虫しょったんの奇跡


将棋好きな友達から勧められた本です。




サラリーマンがプロの将棋指しになった
実話です。

ファミレスで読み始めて、一気に読み終えました。

ただの将棋小説を大きく超えて、いつ映画化されても
おかしくないような深いドラマがたくさん溢れていて、
みんなにすすめたい本でした。

プロ棋士になるには、子供の頃から将棋の奨励会に
入って、そこで勝ち上がっていくしかプロになる道は
ないのに、ありえない奇跡が起きました。

どうやったらそういう奇跡が起こすことが出来るのか
その秘密が分かりました。

まずはたくさんの魅力あふれる人達の支えがあったこと。
主人公にそれだけの何か助けたいと思わせるような
ものがあったのでしょうねぇ。。

魅力がない人、本気じゃない人、人間性の悪い人
を助けたいとは思いませんから、、、
人は自分だけでは成功は
つかめないのだなぁ。。と改めて思いました。


主人公も若い頃は奨励会に入って研鑽を積んで
いました。年齢制限があったのですが、残り4年で
8回もチャンスがあったので、中学時代は日本一に
なったし、才能もあるしで、油断してしまって、
仲間と遊んだり、怠けたりして、いつの間にか
制限時間が過ぎてしまった。。。
最後の試合にも負けてしまった時に、、、、

主人公にとてつもない後悔が襲ってきました。

「なぜもっとがんばらなかったんだ。

 時間は、ありあまるほどあったのに。

 こんなことになるなら、もっとがんばればよかった。
 
 もっと詰将棋を解いて、もっと棋譜を並べて。。。」

という下りを読んで、今の自分のだらけた生活を
顧みて、ここでまた激しい後悔をしてしまいました、、、



ある重要な登場人物の言葉が、今の自分にひっかかりました。

『私はあなたたちに、人が悲しいときに寄り添ってあげる友達よりも、
 その人が喜んでいる時に、よかったねと一緒に喜んであげられる
 友達になってほしいな』

友達が成功すると、置いて行かれるような孤独感を感じてしまい、
心から喜べない自分がいたりして、この言葉は考えさせられました。




主人公のお父さんが息子たちに望んでいたことはひとつだけだった。

『自分の好きな道を行け!!』

すごいお父さんだなぁと思います。
今の仕事がちょっとうまくいっていたり、
忙しくなるとついつい、好きなことをおもいっきりしたいと
思っているのに、そこから逃げてしまって、
楽に稼げる方法などへ流れてしまっていて、
そういっているうちに時間が過ぎてしまう。。。。

好きなことにおもいっきり打ち込みたい!!



もうひとつ、印象に残った言葉は、

『プレッシャーがなくなったとたん、勝てるようになるんだよね。』




どなたか、映画化、もしくはドラマ化してください。
この作品はたくさんの人の心を揺さぶって、
実際に行動に移させる力を持っています。

また読みなおそう。


2011年9月20日火曜日

『叱る、だけど怒らない』永六輔 より

永六輔さんの著書には、有名人はもとより
無名人のちょっとした名言や、今まで知らなかった
ドラマのある話などが散りばめられていて
大好きです。

『叱る、だけど怒らない』よりピックアップ


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季節の区切りを「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、
あれは別の説明として、

「生きているから暑いだの寒いだのと言っていられるのだ。

暑さを感じるのは、あの世へ行くまでのことに過ぎない」

という考え方からきています。


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中国料理の現状を考えさせる
『味』というドキュメンタリー映画が
ありました。

戦前から中国の山東省で過ごし、
料理人として働いていた日本人夫妻がいます。

いまは東京へもどって山東省の
伝統料理の店をやっていますが、
その伝統料理の伝承が問題。

文化大革命のせいで中国には
その伝統の技が残っていなくて、
地元の山東省から招かれて
毎年、教えに中国へ渡っている。


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東京の神宮外苑にある
絵画館前の銀杏並木。

秋になると、東京でも
数少ない美しい眺めになります。

この並木道にはちょっとした
遠近法の仕掛けがあるのだ、と
教えてもらいました。ぜひ
見に行ってください。


それは銀杏の樹齢に関係があります。
入り口から絵画館前に向かって、
おとなの木から若い木へと、
だんだんと樹齢の若い木を
植えてあります。

こうすることによって、並木が
遠く長く延びているように見える。

中心点に見える絵画館の建物が、
遠近法によって大きく堂々と見える。

オペラの舞台装置では使いますが、
これを実現した人には感謝!!


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「古い、新しいで、分けないでほしい。
 好きか嫌いかで分けてほしい」
と言ったのはさだまさし。
歌のことについてでした。