ラベル ビジネス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ビジネス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年12月22日木曜日

ヤドカリ専門店

ニッチなビジネスとはいうけど、
ヤドカリパークというヤドカリ専門店が
ありました。

ネットなので全国に顧客がいるんですねぇ。。。

http://www.yadokaripark.com/

ヤドカリが有りなら、なんでもいけそうだけど、、、

2011年12月17日土曜日

家賃収入1億円

知人で家賃収入が1億円という
不動産会社の会長さんがおられます。
現在80才を過ぎています。


この方は、50才を過ぎて大手企業から
独立して、不動産会社を興し、
現在は息子さんに譲られて悠々自適な
暮らしをされています。


世の中にお金持ちはたくさんいるけど、
この方は、家族も円満、友人関係も素晴らしく、
趣味にも力を入れていて、いつも朗らかに
笑って、決して偉ぶらず、心の優しい方で、
しかも健康そのもの!!


こんなにバランス良く揃っている人は滅多と
いないので、尊敬していますし、目指しています。


先週、この方の会社にフラっと立ち寄ったら
おられて、色々とお話を聞きました。


とっても気さくな方なので、社交辞令として

「会社はどうですか?」

と聞くと、

「うちには汲めども尽きぬ井戸があるから、
 大丈夫だ」

と言われました。

マンションやアパート、それに駐車場の家賃収入が
年間1億円あるので、景気にはほとんど左右されないと
おっしゃっていました。


会社が最低限やっていけるくらいの固定収入を
確保しているので、残りは営業活動をして稼いでいるそうです。


30年かけてコツコツとここまでやってこられました。


不動産会社は売れれば儲けが大きくて、
ついつい気が大きくなって、遊びに使ったり、
大きな儲け話にのっかったりして、それで
倒産してしまうという他社のパターンをたくさんみたのと、
どんなにその月に売って稼いでも、翌月からは
またゼロからのスタートなので、どうにかして
固定収入を得て、経営を安定させたいと強く思っていたそうです。



どうすれば会長みたいになれますか?と
聞くと、


「それは雪ダルマを作るのと同じで、
 最初は雪の小さな玉を作って、コロコロと
 転がしても、なかなか雪がつかなかったり
 回らなかったりする。

 でも、ちょっとずつ、ちょっとずつ雪が
 ついていって、徐々に徐々に大きくなって、
 ある程度の大きさまでいったら、あとは
 どんどん大きくなっていく。

 あれと同じだから、最初は辛抱して、小さくて
 いいから少しずつ雪を付けていけばいいよ」


と教えてくれました。


1億円は遠い道ですが、

「まだまだ若いんだから、出来る。
 わしなんか50才から始めたんだから」

とおっしゃっていたので、コツコツと
やっていこうと思っています。

2011年11月29日火曜日

カーネル・サンダースのお話 4

最後にカーネルおじさんの言葉をご紹介します。



「何を始めるにしても、ゼロからのスタートではない。

失敗や無駄だと思われたことなどを含めて、

今までの人生で学んできたことを、決して低く評価する必要はない。」





「大恐慌の時、町のみんなが一文無しになった。
もちろんわしもだ。
だからガソリンスタンドを手放すしかなかった。


たぶん、この時わしがずいぶん落ち込んだのでは
ないか、と思っているんじゃないのかな。


そんなことはないよ。


わしはどんな失敗や挫折も、もう一度やり直す
チャンスや、何か新しいことを始める機会を
与えてくれるものだと信じているからね。」



「何をするにしろ、神様が味方してくれないような
やり方をして、うまくいくはずがない。


ビジネスにしても、神様が応援してくれないような
ものが成功するはずがない。


多くの人がこのことに気がついていないのは残念だ。」



―――――――――――――――――――――――――――――



つづいて、カーネルさんが感銘したロータリークラブのスローガン

・他の人に最高のサービスをする人が、最も利益を得る人だ

・自分の利益のことを考える前にまず貢献することだ




さらにロータリークラブの四段階テスト

1.そのビジネスに嘘偽りはないか?

2.そのビジネスは関係するすべての人に公平なものか?

3.そのビジネスは良好な人間関係を作っていくものか?

4.そのビジネスは関係するすべての人にとって有益なものか?


―――――――――――――――――――――――――――――



アメリカではよくある話かもしれませんが、
カーネルがビジネスの権利を手放した後、会社は
売上増、利益率を上げるために、カーネルが
「やってほしくないこと」を色々とやり始めたんです。


たとえばコストを下げるために、ミルクの代わりに
水やパウダーを使ったりして。


実際にそれですごく儲けだした。


だけどカーネルにしてみれば、利益のために自分が完成
させた味が変えられていくのがすごく悲しかったのだと思う。


でも、そのうち売り上げが落ち込んできて、
「原点に戻ろう」ということになった。
やっぱりごまかしは長続きしない。




―――――――――――――――――――――――――――――


慈善事業にも力を入れていました。

・ガリレーン・チルドレン・ハウスという孤児院に度々訪れ、
 アイスクリームやお菓子を子供たちに与えました。
 クリスマスイブには、レストランを昼で終わりにして、
 子供たちにターキーにご馳走しました。

・アルコール中毒の人を立ち直らせようと、
 匿名禁酒同盟に参加して、積極的に取り組んだ。

・テレビコマーシャルの1年間の出演料、10万ドルを
 そのまま大学に寄付

・自伝の印税をすべて病院や恵まれない子供に寄付

・カナダのフランチャイズの売り上げ全てを、カナダの学校や教会
 慈善団体に寄付


―――――――――――――――――――――――――――――


ビジネスの成功のヒントがたっくさん詰まった
本ですので、是非読んでみてください。
強くおすすめします。




カーネル・サンダースのお話 3

KFCを起業して、一軒一軒のレストランを
営業している時のエピソードです。

最初はかなり手こずったそうですが、
改善KAIZENを繰り返していっていて、
最終的にたどり着いた営業方法がこれ↓


―――――――――――――――――――――――――――――



カーネルはフライドチキンをレストランへ売り込んだ時、
徐々にレストランへのアプローチも工夫を凝らしていった。


見込みがありそうなレストランを見つけるとオーナーと
掛け合い、昼の忙しい時間帯が過ぎた後か、店を閉めた後に、
従業員の食事のためにフライドチキンを作らせてもらうようにした。


そしてオーナーと従業員が気に入ってくれたら、
カーネルはもう2~3日滞在して、今度はお客に食べてみて
もらうことをオーナーに提案していったのだ。


次に、妻と一緒にレストランを回ることを思いついた。
カーネルがチキンを揚げている間に妻が、レストランの中で
サービスすることにしたのだ。


妻はかつて南部上流社会で好まれたロングドレスを着て、
お客を入り口のところで出迎え、席に案内し、そして
フライドチキンを説明していったのである。


一方、カーネルも料理を作り終えてからダイニングルームに
行き、お客と話をするのを楽しみにしていた。


料理を作り終えたカーネルはエプロンをはずし、ポケットから
ナプキンを取り出し、ズボンに付いている小麦粉を払い落としてから、
用意しておいたチョッキと蝶ネクタイを着てダイニングルームに
出ていくのだった。


そしてフライドチキンを注文したお客のテーブルのところへ
行き、「お味はどうですか?」と聞いて回ったのである。


カーネルの白の上下のスーツに蝶ネクタイというおなじみの
スタイルは、このころ始まったのである。


このショーつき販売方法は、どこへ行ってもやんやの喝采で
受け入れられたそうです。


カーネルは当時のことを振り返り、

「お金がなかったので、広告などを出すかわりに
 自分たちがレストランでショーをやり、お客を
 楽しませることにした。この他にも、自分に
 考えられるありとあらゆることをした」

と語っている。


カーネル・サンダースのお話 2

カーネルおじさんのガソリンスタンド時代の
エピソードをどうぞ。


―――――――――――――――――――――――――――――


 カーネルのガソリンスタンドは繁盛した。
時代の波に乗ったせいもあるが、カーネルの
徹底したサービスが、人気を呼んだことも
見逃すことはできない。


 当時のケンタッキーにはハイウェイはもちろんの
こと、舗装された道路もほとんどなく、車は田舎道を
土埃りを巻き上げて走っていた。


 カーネルはガソリンスタンドに車が入ってくると
飛んでいき、いきなり車の窓をまず洗ってあげ、次に
ボンネットをあけてラジエーターの水をチェックして、
それからおもむろに

「ガソリンは必要ですか?」

と聞くのだった。


汚れた車内を掃除するために、カーネルのズボンのポケット
にはいつも小さなほうきがささっていたという。


道を尋ねに来ただけでも、車の掃除をしてあげたり、
ラジエーターの水やタイヤを点検してあげたりしたのだった。


このような徹底したサービスは、今の時代でもあまり見かけない
が、当時はもっと珍しいことだったのだ。


行きに道だけを尋ねに来た人でも、カーネルの親切に感謝して、
帰る時には多少回り道でも、カーネルのガソリンスタンドに寄って
ガソリンを入れていってくれる人も少なくなかった。


また、カーネルは質だけでなく量の面でも、
近郊のガソリンスタンドに差をつけた。


カーネルは、いつも朝の5時に店を開けていた。
他のガソリンスタンドは、店を開けるのが早いところでも
7時頃だったが、カーネルはその時間には、すでに
他の店の一日分の売り上げを上げていたのだ。


さらに毎晩カーネルは、夜9時に店を閉めた後に
タイヤの修理をしていた。終わるのが夜中の2時を
過ぎることも、めずらしくはなかったという。





カーネル・サンダースのお話 1

成功哲学系での定番、カーネル・サンダースさん。


65才の時に、幹線道路から離れた所に高速道路が
出来て、経営しているレストランが閑古鳥になった。


でも、そこからケンタッキーフライドチキンを起業。


お店の看板メニューだったフライドチキンのレシピを
売ろうと決意。数百店のレストランに断られながら、
後に大成功を収めるといった成功物語が有名です。


「カーネル・サンダース」という本を読んでみました。





今までのカーネルおじさんのイメージは、
田舎のレストランの気のいいおじさんが、
店を閉じることになって、一念発起して
起業し、慣れない営業について、一店
一店まわって、頑張り続けた甲斐があって
大成功。


でも、この本を読んで全くイメージが
変わりました。


30代までは職を転々としています。
農業、軍人、鉄道、弁護士、保険、秘書
タイヤのセールスマン、、、、

それからガソリンスタンドを起業して大成功。

さらに、レストランにホテルも始めて、これまた大成功。

KFCを始めた時も、なんと最初に営業した相手が契約して
くれています。

素人がいきなり始めたのではなく、長いキャリアの下地が
あった上での大成功でした。

僕のイメージがまるっきり違っていて、驚きました。


この本を読んで、カーネルさんが大好きになりました。
仕事が大好き、サービス大好き、人を喜ばせることが大好き、
人間味あふれる素晴らしい人格を持っている、まさに
あの人形そのもののような方だったみたいです。